8.14.2021

斧も持てない!? インハウスデザイナー

こんにちは、Matbirdです。加納佑輔さんがTwitterで企業内デザイン部署はフォント購入の予算が認められないというツイートをしていました。

『インハウスデザイナーを考えている人は、その企業の制作環境は確認した方がよいと思います。セミナーに来てくれたインハウスのデザイナーさんに聞くと、フォントがない・買ってもらえないという話がけっこう多いです』(2021年7月21日)

近年コンプライアンスを言われるようになって少し変わってきましたが、そうなると今度は「フリーフォントでやればいいじゃん」、「そんなのスマホのアプリで5分でできるゾ」という破壊的な言葉が広まってきていると私も経験上理解しています。

これは、例えば木こりだとしたら、斧ものこぎりも使わずに木を切ることはかなりの困難を伴うことは当然です。この理屈が社内デザイナーの場合だとわからなくなる人が多いということはおかしな話です。

フォントやPCなどのデザインツールなしで、メディアが飛びつくプレスリリースができ、目が覚めるような写真が仕上がり、世界を変えるキャッチコピーが生まれ、タイムラインからゴールデンタイムのテレビへ飛び出すような動画ができ、他社を出し抜くブランディングデザインができてくると思ってしまう人が巷に多いようです。

また、「Illustratorが使えて凄いね」「ソフトの機能がわかればオレでもなんとかなるんだ」という話もよく耳にします。Illustratorが操作できるだけではプロジェクトは進みませんし、魅力的なものは出てこないでしょう。その道の教育を受け、技に磨きをかけてきたデザイナーが、あるときは自ら手を動かし、またある時は多くの専門家とのハブとなって、腕を振るってもらうことを前提にしなくてはいけません。

全ての人にリスペクトのある仕事環境を作りたいものです。

飛躍した考えや誤った考えが世の中に広まっている状況があるので、加納さんが書かれたように、デザイナー側でも入社前に確認しておくことを私もおすすめします。ただ、確認したがためにそもそもの採用の話の雲行きが悪くなったり、既に就業されている場合は社内の立場が危うくなることも想像できます。

また、「ツールが必要ですよ」と言うならば、ビジネスマンなら何が必要で、いくらかかるのかという話もある程度できる用意がいります。そこで、下に2021年5月現在のデザインツールのおおよそ価格を記しましたので基準になれば嬉しいです。

今困っているインハウスデザイナーさんは、是非職場と交渉していただき、是非斧を手に入れてください。また企業サイドの方にもご参考になりましたら幸いです。


■デザインツールの概算

iMac (Retina 5K, 27-inch, 2020)カスタマイズ済 330,000
TimeMachine用外付け2TB HDD 15,000
A3対応インクジェットプリンタ 40,000
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①ハード計 約¥385,000


Adobe Creative Cloudグループ版 106,000/年
Morisawa Passport 55,000/年
Font Works LETS 55,000/年
MonoType LETS 27,000/年
Shutterstock(画像50点/月) 120,000/年
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②ソフト(サブスク)計 約¥363,000/年


LETS入会金 33,000
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③ソフト入会金 計 約¥33,000


取り付け 50,000
保守 2,500×12ヵ月=30,000
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④取り付け・保守計 約¥80,000


▶初年度 ①+②+③+④=¥861,000
▶二年目以降はサブスク代のみ③=¥363,000


※1,000円未満は、切り上げしています。
※2021年5月現在の事例です。印刷機材商社、PCショップ、画材店などでご自身の環境に合わせた見積を取ってください。
※ハードの支払い方法は一括で払うのか、ローンにするのかが選べると思います。
※Shutterstockは月払いや都度支払のプランもあります。
※取り付け・保守は計上したされることをおすすめします。なぜなら取り付け・保守費用よりも、デザイナーの時給分の方が高くなるはずです。


私もインハウスデザイナーが困った立場に追いやられる事例を見てきています。

コンプライアンスに配慮しないといけないので、フォントをフリーフォントだけでという声は少なくなっていると思いますが、「Adobe Fontsだけでやればいいじゃん」という考えが根強くあります。Adobe Creative Cloudに付随するAdobe Fontsは、Adobe製フォントの約9割が使える大変ありがたいサービスです。しかし、Adobe Fontsだけで業務でのフォントの需要を賄うことはできません。欧文フォントに限ってもAdobe Font Folioのフォントは全が含まれているわけではありません。また、和文フォントはフォントの種類が少ないだけでなく、太さのバリエーションが揃わないものがほとんどです。Adobe Fontsはフォントの見本市の性格もあるので、製品版フォントと比べて漢字の数が減らされているフォントもあります。そして、Adobe Fontsに新しいフォントが追加される場合もありますが、削除されるフォントもあります。これは注意点になりますが、Adobe FontsのAdobe 製以外のフォントはお試しで使ってみて、気に入ったら購入するという位置づけで使われることをおすすめします。


こちらはメリットですが、Morisawa Passportでは「TypeSquare」のWebフォントが利用できます。別途契約を結ぶ必要や使用料が発生することなくWebでも同じフォントが利用できます。Font Works LETSでも「FONTPLUS for LETS PUTK」としてFONTPLUSのWebフォントの中からフォントワークスのフォントのみWebフォントの利用ができます。フォントのサブスクリプションのサービスでは、このほかフォント管理ソフトや数字フォントなどの便利な機能も提供されています。フォントが増えても支払いは一定ですのでコスト計算が明瞭です。契約が一括であることとライセンスが明確という点はビジネス上見逃がせません。フォントのサブスクサービスは導入するメリットが大きいと言えます。


これらを踏まえて先述の金額にひるんでしまうようなら、質が求められるデザインの仕事は本来的にあまりないと思われます。Kinko’sなどの簡易的なデザインも引き受けてくれるプリントサービスビューローと取引されるのが適切な状況だと思われます。

「もうデザインツールは用意してある」とスペックが足りていないPCなどが用意されている場合は、理解があるように見えて実はややこしいです。クリエイティブへの敬意が低く、入社後何かと話がかみ合わないことも想像されます。

また、「うーん。これは投資だね」と言われるようでも、デザイン部署を作るタイミングが早いと思われます。複数台ならともかくデザインツール1セットなら趣味のために個人でも揃えている人が多いです。そういう金額レベルです。

こういった状況の企業は、まだデザイナーを雇用できるレベルではないかもしれません。

経営側とデザイナー側とでお互いに必要なデザインツールやそれらのおおよその価格を知っていて、故障した場合の代替機をどうするか、もう一人スタッフを入れて一台増やしたい場合はどうなるのかといった相談から始まるような会話が第一歩なら信用できるパートナーとなり得るのではないでしょうか。


日本語デザイン研究会は、全てのデザイナーの成功と社会へのブランディングの浸透、そして社会の発展を願っています。

8.03.2021

なぜ? 日本語デザイン〈4〉ブランディングにタイポグラフィはどう活きるのか

Matbirdです。前回はブランディングとは何かとブランディングを行うメリットを紹介しました。今回は、ブランディングにタイポグラフィはどう活きるのかについて書かせていただきます。

前回ブランディングとは、マーケティングにおいてコンセプトも同時に伝えて内外に認識してもらうことだと書きました。コンセプトとは言葉なので「伝達方法は声で、アナウンサーの領域じゃないの?」と思われるかもしれません。もちろんそれもあるのですが、実は言葉は大多数が文字で伝達されています。インターネットの環境が良くなってきて動画や音声も利用されるようになりましたが、その場面でもうまく文字と組み合わせられています。あらゆる全ての場面でコンセプトに基づいて一貫した表現をしていくために、文字とタイポグラフィの出番は圧倒的に多いのです。

ビジネスとはあらゆる資源の組織化であるという言葉があります。コンセプトができたとします。次にコンセプトをビジュアル表現に変換してどう伝えたら効果的なのかを計画して、取り決めや仕組みを作らなければなりません。取り決めや仕組みを作らないと毎回検討に時間がかかりすぎてしまうか、都度つどの出来栄えが良ければ幸運ですが出来栄えが悪いことがあるとそちらに足が取られてしまう、もしくはその両方に事態になります。運に左右される部分は少なくしないといけません。この取り決めや仕組みを作る場面で、文字とタイポグラフィが活きる……というより、むしろここは完全にタイポグラフィの世界なのです。

「どんな文字フォントが伝統的なのか」一つとっても答えられる人がどれだけいるでしょうか。伝統的なのか、未来的なのか、中間的なのか、カジュアルなのか。品質は高いのか、低いのか、そこそこなのか。どういうレイアウトが伝統的なのか、モダンなのか、取り回しがしやすいのか。英語やローマ字が組み合わされる場合はどうしたらよいのか。インバウンド対応のビジネスをされている方なら、ネイティブスピーカーに違和感のない欧文にするにはではどうしたらよいのかという疑問も湧き出てくるのではないでしょうか。

こういったものはセオリーがあるというように言われることもありますが、巷に流布されているセオリーが誤っている場合が多くあります。適切な知識で進めることが阻害されるので大変困ったことです。相手の知識に誤った情報はどれくらい混ざっているのか、誤解はあるか、こちらにも誤解はないか、それはどれとどれなのかを選別し、共通認識を作り、適切な知識、本物の知識だけで取り組む必要があります。

また欧文フォントや和文フォントの平仮名に少しこだわりがある方はよくいらっしゃいます。欧文フォントの場合、その欧文フォントは日本語に似合うのか合わないのか、デザインは合うのか、太さはどうなのか、エックスハイトはどうなのか、合うとしたらフォントファミリーの中のどれなのか、同じ文字サイズで組み合わせるとどうなるのか、文字サイズを変更するならどんな環境でどう使うのか……といった考慮が必要になります。和文フォントなら平仮名だけでなく、漢字はどうなのか、片仮名はどうなのか、役物・記号類はどうなのか。

もっと踏み込むと、記号の仲間に丸付き数字「①」「❷」というものがあります。例えばこの記号をよく使うとしたらそれは見やすいデザインになっているのか、必要な桁数まであるのか、ないならどうするのかといったことも考えてきました。

ここまで主に本文について触れましたが、ロゴタイプ・ロゴ系フォントやレタリングにおいても「これはかっこいいけれど、文字として不自然だから、ここだけ直しらもっと良くなるのに惜しいな」と思うこともままあります。

そして、これらを解決できることを前提として、コンセプトに沿って表現を検討することが受け取り手にとって本当にフィットする気持ちいいブランディング表現になっていくと我々は確信しています。

ブランディングには、文字とタイポグラフィが決め手になります。ここに何か事例を載せようと思ったのですが、イメージが固定化されてしまうと良くないと考えて載せないことにしました。若干の不親切をお許しください。的場は現在作品を公開していませんが、加納佑輔さん(そうさす)は作品を一部公開していますので、ご興味にある方はぜひご覧になってください。

「なぜ? 日本語デザイン」を4回に渡って書かせていただきましたが、おわかりいただけましたでしょうか。このようなこと考えて、わかりやすさ、楽しさ、有用さ、安全な場所づくりを基本に置いて活動しているのが我々日本語デザイン研究会です。


参考文献 福井晃一『デザイン小辞典』ダヴィッド社、1978、1996
そうさす https://sosus.co.jp/

7.31.2021

Adobe Fontsには、Adobe製フォントは全て含まれるのか?

Matbirdです。Adobe Fontsはユーザーにとってとてもありがたいサービスですが、モリサワの多くのフォントが2021年9月10日に提供を終了すると発表され、「使えない」「不安だ」と騒がれています。

ただ他社製の和文フォントは、元々フォントの種類が少ないばかりか太さのバリエーションが揃わないものがほとんどです。Adobe Fontsはフォントの見本市の性格もあるので、製品版フォントと比べて漢字の数が減らされているフォントもありますので、ユーザー側でもある程度予想していたのではないでしょうか。

今回は他社製のフォントではなく、Adobe製のフォントがAdobe Fontsでどれくらい使えるのか調べてみました。

調査方法としては、WikipediaのAdobe Originalsの「List of Adobe Originals families」の表をもとに、『Adobe Type Library Reference Book, Fourth Edition』も参考にしつつ、Adobe Fontsの フォントメーカー「Adobe Originals」でソートをかけて出てきたフォントファミリーと比較してみました。

集計したところフォントは178ファミリーにのぼりました。その中で「×」印の使えないものが20ファミリーでした。Adobe Fontsで使えるAdobe Originalsのフォントは158ファミリーが提供されていました。結果として、Adobe FontsはAdobe製のフォントの中から約9割使えることがわかりました(2021年7月31日現在)。
元となるリストが完璧ではないのではっきりとは言えませんが、使えるものはウエイトやバリエーションが揃っているように見受けました。例えば新しい考え方で設計された高品位なフォント「Garamond Premier」は34バリエーション全て揃っており、もちろん全て使えます。感想として、「×」印のものは、RadやToolboxのような凝ったディスプレイフォントが比較的多いように思いました。

他社の系列上にあるHelvetica Now、Univers Nextなどは収録されていないので使えませんが、Adobe製のフォントを使う分にはAdobe Fontsほぼ完全で安定的に使えるサービスでしょう。




参考文献
Wikipedia/Adobe Originals(https://en.wikipedia.org/wiki/Adobe_Originals)、2021年7月31日
Adobe Systems Incorporated『Adobe Type Library Reference Book, Fourth Edition』Adobe Press、2012
Adobe Fonts/Adobe Originals(https://fonts.adobe.com/foundries/adobe)、2021年7月31日

7.27.2021

なぜ? 日本語デザイン〈3〉ブランディング

Matbirdです。前回はマーケティングに「製品」や「プロモーション」という言葉が含まれていて文字とタイポグラフィが関係しそうだというところまで紹介しました。今回は、まだ触れていなかったキーワード、ブランディングについて書かせていただきます。

ブランディングとマーケティングという言葉がありますが、実はこれらは別物ではありません。マーケティングの戦略にブランディングがあります。

ブランディングは「自社製品や企業そのものの価値やイメージを高めようとすること」などとよく説明されています。正しいと思うのですがこれではわかりにくいと私は考えています。ブランディングをごく簡単に言うならば、「我々は、○○な人のための□□のプロフェッショナルです」ということに集約できます。これをコンセプトとも言います。ブランディングとは、マーケティングにおいてコンセプトも同時に伝えて内外に認識してもらうことです。

ブランディングを行うメリットとしては、手間暇がかかりますがファンを作ることができ、ブランド価値を生かした価格設定ができ、優秀な人材も集まるでしょう。ブランディングを行うことはマーケティングをより強化します。

いいことずくめなのですが、一点注意事項として、ブランディングには手間暇がかなりかかります。そのコストが許容できない方には、私はセリングに徹することをおすすめしています。ブランディングもマーケティングも絶対にしなくていけないものではありません。

ここでは、ブランド価値を生かした価格設定とはどういうことかを簡単に説明します。例えば同じデザインで同じ素材のTシャツがあるとします。ブランド力があるかないかで価格が異なっていても消費者は違和感なく受け入れてくれます。ブランド力がない場合500円でしか売れないTシャツが、ブランド価値が付加されると10,000円でも買ってしまうことに頷ける人は多いのではないでしょうか。魅力的なブランドがあると、その価値をもとに価格設定が行えるため、利益率が高く、収益性も向上することでしょう。これが簡単なブランディングを行うメリットです。

次回はブランディングにタイポグラフィはどう活きるのかについて触れます。


参考文献 福井晃一『デザイン小辞典』ダヴィッド社、1978、1996

7.20.2021

なぜ? 日本語デザイン〈2〉マーケティング

Matbirdです。前回、日本語デザイン研究会は、出版と広告のタイポグラフィのクロスオーバー(垣根を越えてまじりあうこと)を目的としている。中部地区は商業の方が盛んなので、どちらかというと出版のタイポグラフィのテクニックを広告に持ち込むことに重心を置いていると説明しました。そこで今回から経済活動と日本語デザインの関わりについて書かせていただきます。

結論を先に書くと、「ブランディングには、文字とタイポグラフィが決め手になる」。時間がない人はこれだけを覚えておいていただければ良いかもしれません。ただし一点注意事項として、ブランディングには手間暇がかなりかかります。現代は情報が溢れているが時間がない時代だとも言われています。手間暇のコストが許容できない人はここでこの記事を読むことを止めていただき、今ある商品をどう販売するのかに徹することをおすすめします。

ここからは、ブランディングに手間暇をかけられることができる人のために簡単にマーケティングについて説明していきます。

経済活動と日本語デザインの関わりを語る上でのキーワードは3つ。セリング、マーケティング、ブランディングです。セリングをごく簡単に言うと、今ある商品をどう販売するかです。次にマーケティングとは、人の欲求や願望を調べ、それに基づいて売れる商品を作る活動です。ピーター・ドラッカーは、『マーケティングは販売を不要にする技術だ』と言っています。セリングとマーケティングは別物とする考え方もありますが、マーケティングと一体的に売り方も考えることが多いでしょう。よって経営は安定し、資金も集まり、優秀な人材も集まり、業績もさらに望ましいものとなっていくことでしょう。

マーケティングは必要なのかと問われたならば、企業や組織が社会の中で機能し存続していくために必要不可欠だといえます。

マーケティングについて少し教科書的になりますがもう少し踏み込んで書かせていただくと、マーケティング活動では、仮説を作り、分析を行い、新商品やサービスを開発し、新市場や新規顧客を開拓します。マーケティングの手法には、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)の手法があります。いわゆるマーケティングの「4P」です。後年「4C」という要素も加わりました。顧客にとっての価値(Consumer Value)、顧客にかかるコスト(Cost)、顧客にとっての利便性(Convenience)、顧客との対話(Communication)です。「4P」と「4C」といった要素を組み合わせて売れる商品を作っていきます。「製品」や「プロモーション」という言葉からも、これを読んでいる方にはなんとなく文字とタイポグラフィが関係しそうだと想像していただけると思います。

しかしセリングであっても文字とタイポグラフィは関係します。POPや価格表やセールスバインダーなど、販売の場面でも文字とタイポグラフィの影響は小さくありません。例えば価格表だと、大きくしたい文字、小さくしたい文字があり、その文字組みによって売り上げが左右されるということがあるのではないでしょうか。

ただし、文字とタイポグラフィにとって卵が先か鶏が先かというと、マーケティングが先です。セリングの場面ではマーケティングで構築されたビジュアルデザインと体裁を合わせる場合が多いでしょう。よってマーケティングが重視されていない環境では、文字やタイポグラフィへの議論は起きにくいでしょう。その逆も言えて、文字やタイポグラフィへの議論が少ないということは、あまりマーケティングが取り組まれていない可能性があるので振り返りが必要かもしれません。

次回はブランディングについて触れます。


参考文献 福井晃一『デザイン小辞典』ダヴィッド社、1978、1996

7.13.2021

なぜ? 日本語デザイン〈1〉何を目指しているのか

Matbirdです。今回から4回に分けて、日本語デザイン研究会はどういうものなのかについて説明させていただきます。

我々日本語デザイン研究会は、『タイポグラフィ不毛の地と言われた、中部地区において、文字と日本語のデザインの大切さを広め、文字に興味をもつすべての人たちのために「情報交換の場」を作るべく活動します』と謳っています。これはどういうことかを一歩踏み込んで説明しますと、出版と広告のタイポグラフィのクロスオーバー(垣根を越えてまじりあうこと)を目的としています。

我々が文字が大切だと言いますと、反射的に「難しい世界だよね?」「フォントオタク、印刷オタクだよねー!」と言われることがままありますが……わかりにくさの改善には応えないといけないと思うものの……全く違います。日本語デザイン研究会は、わかりやすさ、楽しさ、有用さ、安全な場所づくりを基本に置いて加納佑輔と的場仁利が運営しています。不定期でイベントを行っていますが、積極的にメンバーの募集をしていませんので現状二人の間で日々文字とタイポグラフィの情報がやり取りされています。

出版と広告のタイポグラフィがクロスオーバーされるとどういう良いことがあるのでしょうか。出版や印刷の方には広告のアイデアを吸収し、タイポグラフィをよりセンスの良いものにしていただけるでしょう。そして広告の方には、出版物に見られる高品質なフォントを知ることができ、精緻な文字組やレイアウトを身に着けられるなどのメリットが期待できます。そして、中部地区は商業の方が盛んですので、どちらかというと出版のタイポグラフィのテクニックを広告に持ち込むことに重心が置かれています。

次回は、経済活動と日本語デザインの関わりについて触れます。


参考文献 福井晃一『デザイン小辞典』ダヴィッド社、1978、1996

12.18.2020

文芸出版業界を描いたコミック、『ようこそ!アマゾネス☆ポケット編集部へ』が衝撃的におもしろい



ご無沙汰しております。的場仁利です。いろいろありまして前回の投稿から6年経ちましたが、「デザインナイト()」というイベントのオーガナイザー兼DJのMatbird(マットバード)としてデザイン業界に関わらせていただいています。これからはMatbirdと呼んでください。

「デザインナイト」のことは追々お話させていただくとして、今回は2020年11月12日に第二巻も刊行されて話題沸騰中のコミック、ジェントルメン中村さんによる『ようこそ! アマゾネスポケット☆編集部へ』(講談社)のおもしろさを紹介させていただきます!

このお話は、出版業界を描いたコミックなのですが衝撃的におもしろいのです。
私はSNSで知りもちろんらくだ書店()で購入し。仕事も忘れて一気に二巻とも読破してしまいました。私もグラフィックデザイン、商業印刷、出版印刷に携わってきたのですが、常にニヤニヤ&大爆笑の連続でした。これは、「文字」に興味のある方には超おすすめです!

この作品は、なぜか屈強な女性編集マンばかりの文芸編集部を舞台に、濃すぎるタッチと熱すぎるストーリーで「本のプロ」を描くお仕事漫画。一話完結型で、新人編集者の白柳紀乃子(しろやなぎきのこ)が編集長の才堂厚子(さいどうあつこ)他屈強すぎる先輩達の背中を見て成長していくストーリーです。
先ず『北斗の拳()』のようなタッチが独特すぎる異彩を放っています。
また、表紙から始まっている特殊なルビ遣い、いわゆる「ルビ芸」に笑わされます。文芸出版とは関係ありませんが……第20話で公私混同にアニータ()を振っていたのには大爆笑でした。

出版の専門用語とマニアックな話が満載。私も達筆の文字を結構読めてしまうのですが、第5話の達筆読解では、読めるだけでなくその先のもう一つ先まであって深すぎる奥行に脱帽です。

毎回登場人物達のプロのせめぎあい=立場の違いによる一触即発のバトルに発展するのか!?というシーンが見どころです。そして仕事への真摯すぎる思いが炸裂し、バトルの状況が一転し、作品中で「ほっこり」と表現される超さわやか・超ハッピーエンドでまとめられ、絵柄のタッチとは似つかわしくないポジティブなオチに小恥ずかしい感情にさせられ、毎話笑ってしまいます。

登場人物は毎回個性的ですが、実在の人物がモデルになっているキャラクターも登場します。年間一年の日数よりも多い!?数の本の装丁を手掛ける日本を代表する装丁家で、モリサワのディクショナリーのデザインも手掛ける、文字・DTP界の大先生でもある坂野公一さんをモデルにした装丁家坂戸公介(さかどこうすけ)が登場するシーンが見逃せません。
坂戸公介は、見た目もヨウジ・ヤマモト()を着こなすザ装丁家の坂野さんそのまま。「装丁家は作家の無理難題を受け止めるキャッチャー」とは、坂野公一さんの言葉とのことで、坂野さんご本人もコミック以上の熱気。装丁家坂戸公介は、第一巻・第二巻ともに登場する準レギュラー(?)になっています。
第6話に、装丁家坂戸が『虚空の河』という本の表紙デザインを提案するシーンが出てくるのですが、このお話に登場する前までのデザイン案の変遷を坂野公一さん本人が実際に作られ「ジェントルメン中村のホッコリブログ!!()」で公開されています。作ってしまうとはサービス精神旺盛でおもしろすぎです! もちろんこちらも見逃せません。

坂野公一さんはもちろん『ようこそ! アマゾネスポケット☆編集部へ』の装丁も手掛けられており、この作品のデザインについて日本語デザイン研究会にお話しくださりました。


Matbird)いつもお世話になっております。『ようこそ! アマゾネスポケット☆編集部へ』の単行本のデザインのポイントをお聞かせください。

坂野公一)特に主人公の才堂厚子が社内のファッションリーダーで、そんな女性編集者達のお話なので、カバーはカラフルでファッショナブルな雰囲気の色使いにしています。書体のセレクトもポップで派手目なものを選び組み合わせています。ちなみに装画自体はモノクロ線画で彩色は坂野が施しています。
本文は日ごろ主人公たちが作っている『アウトポケット』という雑誌の体裁を模したデザインにしています。扉や目次をご参照ください。カバーと真逆で落ち着いた明朝系の書体を使って文芸誌然な雰囲気を出しています。
総じてジェントルメン中村氏の力強い絵との相性を考慮したデザインバランスを意識しています。

Matbird)ご解説ありがとうございます。さすが意図通りの仕上がりですね。表紙の力強い絵との相性も絶妙で、カラフルポップに仕上がっていますね。表紙の印刷について、色がとても綺麗ですが色指定は特色なのでしょうか?

坂野公一)カバーはご指摘のとおり特色を加えた5色刷りです。今回の第二巻は、Pantoneの鮮やかなオレンジを使いました。第一巻は、いわゆる「ケイピン」と呼ばれる蛍光ピンクを。

Matbird)本文の目次やコラムは、本編に対してレイアウトやフォントのメリハリがきいていて、コミックっぽくない上品さで文芸書編集部の雰囲気がとても出ていますね。この作品はルビが特徴的なのですが、やはりAdobe InDesignを使われているのでしょうか?  

坂野公一)本文は全てInDesignで作っています。坂野が担当したのは扉や目次などのページのみ。本文は印刷所でセリフを置いているのですがそれもInDesign使用です。  

Matbird)細かくご説明くださり恐縮です。今回坂野さんのデザインの発想に触れることができ、また坂野さんの卓越したお仕事にはツールもInDesignをはじめとするより品質の高いものが使われている一端に触れることができとても勉強になりました。ありがとうございました。 

『ようこそ! アマゾネスポケット☆編集部へ』は、一般の方には日頃うかがい知ることができない出版業界の舞台裏を垣間見ることができ、業界関係者にはマニアックかつアルアルなコミックに仕上がっていて読みごたえ満点でおすすめです。皆様ぜひご一読を!!

追伸:MC紳士さんにもデザインナイトで共演いただきたいです!


ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ(講談社BOOK倶楽部)https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000319959
ようこそ! アマゾネス☆ポケット編集部へ2(講談社BOOK倶楽部)https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000347789

坂野公一/welle design 株式会社 http://www.welle.jp/