8.14.2021

斧も持てない!? インハウスデザイナー

こんにちは、Matbirdです。加納佑輔さんがTwitterで企業内デザイン部署はフォント購入の予算が認められないというツイートをしていました。

『インハウスデザイナーを考えている人は、その企業の制作環境は確認した方がよいと思います。セミナーに来てくれたインハウスのデザイナーさんに聞くと、フォントがない・買ってもらえないという話がけっこう多いです』(2021年7月21日)

近年コンプライアンスを言われるようになって少し変わってきましたが、そうなると今度は「フリーフォントでやればいいじゃん」、「そんなのスマホのアプリで5分でできるゾ」という破壊的な言葉が広まってきていると私も経験上理解しています。

これは、例えば木こりだとしたら、斧ものこぎりも使わずに木を切ることはかなりの困難を伴うことは当然です。この理屈が社内デザイナーの場合だとわからなくなる人が多いということはおかしな話です。

フォントやPCなどのデザインツールなしで、メディアが飛びつくプレスリリースができ、目が覚めるような写真が仕上がり、世界を変えるキャッチコピーが生まれ、タイムラインからゴールデンタイムのテレビへ飛び出すような動画ができ、他社を出し抜くブランディングデザインができてくると思ってしまう人が巷に多いようです。

また、「Illustratorが使えて凄いね」「ソフトの機能がわかればオレでもなんとかなるんだ」という話もよく耳にします。Illustratorが操作できるだけではプロジェクトは進みませんし、魅力的なものは出てこないでしょう。その道の教育を受け、技に磨きをかけてきたデザイナーが、あるときは自ら手を動かし、またある時は多くの専門家とのハブとなって、腕を振るってもらうことを前提にしなくてはいけません。

全ての人にリスペクトのある仕事環境を作りたいものです。

飛躍した考えや誤った考えが世の中に広まっている状況があるので、加納さんが書かれたように、デザイナー側でも入社前に確認しておくことを私もおすすめします。ただ、確認したがためにそもそもの採用の話の雲行きが悪くなったり、既に就業されている場合は社内の立場が危うくなることも想像できます。

また、「ツールが必要ですよ」と言うならば、ビジネスマンなら何が必要で、いくらかかるのかという話もある程度できる用意がいります。そこで、下に2021年5月現在のデザインツールのおおよそ価格を記しましたので基準になれば嬉しいです。

今困っているインハウスデザイナーさんは、是非職場と交渉していただき、是非斧を手に入れてください。また企業サイドの方にもご参考になりましたら幸いです。


■デザインツールの概算

iMac (Retina 5K, 27-inch, 2020)カスタマイズ済 330,000
TimeMachine用外付け2TB HDD 15,000
A3対応インクジェットプリンタ 40,000
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①ハード計 約¥385,000


Adobe Creative Cloudグループ版 106,000/年
Morisawa Passport 55,000/年
Font Works LETS 55,000/年
MonoType LETS 27,000/年
Shutterstock(画像50点/月) 120,000/年
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②ソフト(サブスク)計 約¥363,000/年


LETS入会金 33,000
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③ソフト入会金 計 約¥33,000


取り付け 50,000
保守 2,500×12ヵ月=30,000
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④取り付け・保守計 約¥80,000


▶初年度 ①+②+③+④=¥861,000
▶二年目以降はサブスク代のみ③=¥363,000


※1,000円未満は、切り上げしています。
※2021年5月現在の事例です。印刷機材商社、PCショップ、画材店などでご自身の環境に合わせた見積を取ってください。
※ハードの支払い方法は一括で払うのか、ローンにするのかが選べると思います。
※Shutterstockは月払いや都度支払のプランもあります。
※取り付け・保守は計上したされることをおすすめします。なぜなら取り付け・保守費用よりも、デザイナーの時給分の方が高くなるはずです。


私もインハウスデザイナーが困った立場に追いやられる事例を見てきています。

コンプライアンスに配慮しないといけないので、フォントをフリーフォントだけでという声は少なくなっていると思いますが、「Adobe Fontsだけでやればいいじゃん」という考えが根強くあります。Adobe Creative Cloudに付随するAdobe Fontsは、Adobe製フォントの約9割が使える大変ありがたいサービスです。しかし、Adobe Fontsだけで業務でのフォントの需要を賄うことはできません。欧文フォントに限ってもAdobe Font Folioのフォントは全が含まれているわけではありません。また、和文フォントはフォントの種類が少ないだけでなく、太さのバリエーションが揃わないものがほとんどです。Adobe Fontsはフォントの見本市の性格もあるので、製品版フォントと比べて漢字の数が減らされているフォントもあります。そして、Adobe Fontsに新しいフォントが追加される場合もありますが、削除されるフォントもあります。これは注意点になりますが、Adobe FontsのAdobe 製以外のフォントはお試しで使ってみて、気に入ったら購入するという位置づけで使われることをおすすめします。


こちらはメリットですが、Morisawa Passportでは「TypeSquare」のWebフォントが利用できます。別途契約を結ぶ必要や使用料が発生することなくWebでも同じフォントが利用できます。Font Works LETSでも「FONTPLUS for LETS PUTK」としてFONTPLUSのWebフォントの中からフォントワークスのフォントのみWebフォントの利用ができます。フォントのサブスクリプションのサービスでは、このほかフォント管理ソフトや数字フォントなどの便利な機能も提供されています。フォントが増えても支払いは一定ですのでコスト計算が明瞭です。契約が一括であることとライセンスが明確という点はビジネス上見逃がせません。フォントのサブスクサービスは導入するメリットが大きいと言えます。


これらを踏まえて先述の金額にひるんでしまうようなら、質が求められるデザインの仕事は本来的にあまりないと思われます。Kinko’sなどの簡易的なデザインも引き受けてくれるプリントサービスビューローと取引されるのが適切な状況だと思われます。

「もうデザインツールは用意してある」とスペックが足りていないPCなどが用意されている場合は、理解があるように見えて実はややこしいです。クリエイティブへの敬意が低く、入社後何かと話がかみ合わないことも想像されます。

また、「うーん。これは投資だね」と言われるようでも、デザイン部署を作るタイミングが早いと思われます。複数台ならともかくデザインツール1セットなら趣味のために個人でも揃えている人が多いです。そういう金額レベルです。

こういった状況の企業は、まだデザイナーを雇用できるレベルではないかもしれません。

経営側とデザイナー側とでお互いに必要なデザインツールやそれらのおおよその価格を知っていて、故障した場合の代替機をどうするか、もう一人スタッフを入れて一台増やしたい場合はどうなるのかといった相談から始まるような会話が第一歩なら信用できるパートナーとなり得るのではないでしょうか。


日本語デザイン研究会は、全てのデザイナーの成功と社会へのブランディングの浸透、そして社会の発展を願っています。

8.03.2021

なぜ? 日本語デザイン〈4〉ブランディングにタイポグラフィはどう活きるのか

Matbirdです。前回はブランディングとは何かとブランディングを行うメリットを紹介しました。今回は、ブランディングにタイポグラフィはどう活きるのかについて書かせていただきます。

前回ブランディングとは、マーケティングにおいてコンセプトも同時に伝えて内外に認識してもらうことだと書きました。コンセプトとは言葉なので「伝達方法は声で、アナウンサーの領域じゃないの?」と思われるかもしれません。もちろんそれもあるのですが、実は言葉は大多数が文字で伝達されています。インターネットの環境が良くなってきて動画や音声も利用されるようになりましたが、その場面でもうまく文字と組み合わせられています。あらゆる全ての場面でコンセプトに基づいて一貫した表現をしていくために、文字とタイポグラフィの出番は圧倒的に多いのです。

ビジネスとはあらゆる資源の組織化であるという言葉があります。コンセプトができたとします。次にコンセプトをビジュアル表現に変換してどう伝えたら効果的なのかを計画して、取り決めや仕組みを作らなければなりません。取り決めや仕組みを作らないと毎回検討に時間がかかりすぎてしまうか、都度つどの出来栄えが良ければ幸運ですが出来栄えが悪いことがあるとそちらに足が取られてしまう、もしくはその両方に事態になります。運に左右される部分は少なくしないといけません。この取り決めや仕組みを作る場面で、文字とタイポグラフィが活きる……というより、むしろここは完全にタイポグラフィの世界なのです。

「どんな文字フォントが伝統的なのか」一つとっても答えられる人がどれだけいるでしょうか。伝統的なのか、未来的なのか、中間的なのか、カジュアルなのか。品質は高いのか、低いのか、そこそこなのか。どういうレイアウトが伝統的なのか、モダンなのか、取り回しがしやすいのか。英語やローマ字が組み合わされる場合はどうしたらよいのか。インバウンド対応のビジネスをされている方なら、ネイティブスピーカーに違和感のない欧文にするにはではどうしたらよいのかという疑問も湧き出てくるのではないでしょうか。

こういったものはセオリーがあるというように言われることもありますが、巷に流布されているセオリーが誤っている場合が多くあります。適切な知識で進めることが阻害されるので大変困ったことです。相手の知識に誤った情報はどれくらい混ざっているのか、誤解はあるか、こちらにも誤解はないか、それはどれとどれなのかを選別し、共通認識を作り、適切な知識、本物の知識だけで取り組む必要があります。

また欧文フォントや和文フォントの平仮名に少しこだわりがある方はよくいらっしゃいます。欧文フォントの場合、その欧文フォントは日本語に似合うのか合わないのか、デザインは合うのか、太さはどうなのか、エックスハイトはどうなのか、合うとしたらフォントファミリーの中のどれなのか、同じ文字サイズで組み合わせるとどうなるのか、文字サイズを変更するならどんな環境でどう使うのか……といった考慮が必要になります。和文フォントなら平仮名だけでなく、漢字はどうなのか、片仮名はどうなのか、役物・記号類はどうなのか。

もっと踏み込むと、記号の仲間に丸付き数字「①」「❷」というものがあります。例えばこの記号をよく使うとしたらそれは見やすいデザインになっているのか、必要な桁数まであるのか、ないならどうするのかといったことも考えてきました。

ここまで主に本文について触れましたが、ロゴタイプ・ロゴ系フォントやレタリングにおいても「これはかっこいいけれど、文字として不自然だから、ここだけ直しらもっと良くなるのに惜しいな」と思うこともままあります。

そして、これらを解決できることを前提として、コンセプトに沿って表現を検討することが受け取り手にとって本当にフィットする気持ちいいブランディング表現になっていくと我々は確信しています。

ブランディングには、文字とタイポグラフィが決め手になります。ここに何か事例を載せようと思ったのですが、イメージが固定化されてしまうと良くないと考えて載せないことにしました。若干の不親切をお許しください。的場は現在作品を公開していませんが、加納佑輔さん(そうさす)は作品を一部公開していますので、ご興味にある方はぜひご覧になってください。

「なぜ? 日本語デザイン」を4回に渡って書かせていただきましたが、おわかりいただけましたでしょうか。このようなこと考えて、わかりやすさ、楽しさ、有用さ、安全な場所づくりを基本に置いて活動しているのが我々日本語デザイン研究会です。


参考文献 福井晃一『デザイン小辞典』ダヴィッド社、1978、1996
そうさす https://sosus.co.jp/